娘よ、君を愛している

妊活のこととか、娘のこととか、時間がある時に気が向いたら書きます。

今日、娘が一歳になった

今日、娘が一歳になった。

 

一年間、本当にあっという間だった。

本当に矢のようだった。いや、光のようだった。

あの出産から365日経ったという実感がまるでない。

つい昨日生まれたばかりだと思っていたのに、一年も経っていた。

 

この一年で、私は大きく変わった。

生活はもちろん、性格もガラッと変わったと思う。

 

まずは仕事。

私は仕事が大好きだった。

仕事は私の全てと言っても過言ではない。

テキパキ仕事をこなし、上司や周りの人から褒められることで、自分の存在価値を見出すことができたから。

仕事を頑張ってる自分が好きだった。

 

私には過去に夢があった。

とても恥ずかしくて口には出せないけど。

結局その夢は叶わず、普通のOLになった。

仕事で誰かに褒めてもらうことで、叶わなかった夢への折り合いをつけた。

同時に、言い訳にもしていたんだと思う。

 

だから、出産しても仕事を辞めるつもりなんてさらさらなかった。

仕事をしてない私は私じゃない。

仕事をしている自分にこそ価値がある。

 

そう思っていた。

けど、私は今専業主婦をしている。

あれだけ執着していた仕事を、辞めた。

 

勿論葛藤はあった。

とてもいい職場で、きっと2度とあんないい環境で働くことはできないだろう。

悩んで悩んで悩み続けた。

 

でも、私は仕事を辞めた。

 

だって、私の人生の主役はもう私ではない。

仕事で褒められなくてもいい、自分の価値が見出せなくてもいい。

私はもう、人生の主役ではない。

これからは私が娘を沢山褒めてやる番だ。

スラムダンクの魚住が、インターハイ出場最後の椅子をかけた対湘北戦で、「俺はチームの主役じゃなくていい」と言った。

今の私はまさにこの心境である。

 

この家族の主役じゃなくていい。

私の物語の主役はもう、娘なのだ。

 

こうして私はあれだけ拘っていた仕事を辞めた。

辞めた理由は他にもあるが、それはここに書くべきではないので割愛する。

 

 

そして、娘を生んで1番の変化は自分の母親への感情だ。

 

私は母が嫌いだった。

半端じゃないくらい嫌いだった。

嫌悪していた。

こんなこと自分を生んでくれた母親に対して本当に失礼極まりないが、早くいなくなってくれとすら思っていた。

それ程までに私は母に対し憎しみを抱いていた。

 

それが、嘘のように消え去った。

 

母が私に対しした事言った事は、恐らく死ぬまで忘れないだろう。

でも、憎しみの感情は本当にスッとどこかへ消えて無くなってしまった。

 

連絡を取ることすらしなかったのに、今では娘を連れて毎週母のいる実家に帰っている。

メールも電話もする。

長生きしてほしいと心から思っている。

 

私は、娘が愛しくて仕方がない。

この子がいれば、大好きな仕事も、そこで築いた地位も信頼も、まだどこかで諦めきれていない夢も、全て捨てる事ができる。

 

娘が生まれる前の25年間、それなりに楽しく幸せに過ごしてきたと思う。

だけど、娘が今隣に居てくれる喜びは、その比ではない。

世の中にこんなに幸せなことがあったのかと思う。

愛しくてたまらない。

私の全てだ。

 

私の母も、きっと同じように思い、私を育ててくれたのだろう。

そう思ったら、母に対する憎しみは不思議なほど綺麗さっぱり無くなった。

 

 

 

出産から一年。

 

初めての子育ては勿論大変だった。

でも幸せの方がうんと多かった。

どんどん大きくなる娘。

仰向けに寝転がることしか出来なかったのに、今では二本の脚で立ち上がることができる。

おっぱいしか吸えなかった口は、歯が生えご飯が食べられるようになった。

私を「まま」と呼び、手を叩き、声を出して笑う。

たった一年の間に、こんなにも大きくなった。

 

きっと、すぐ二歳になる。三歳になる。

気が付いたらもうこのうちを出て行く年齢になるだろう。

年頃になったら反抗期を迎えるだろう。私がそうだったように。

 

あっという間の一年だった。

でも、今まで生きてきた中で最高の一年だった。

私は娘に会うために、娘を生み育てるために生まれてきたんだと、本気でそう思う。

 

私をあなたの母にしてくれてありがとう。

私とパパのもとに生まれてきてくれてありがとう。

あなたをこの世界の誰よりも、愛しています。

 

 

今日、娘が一歳になった。