娘よ、君を愛している

妊活のこととか、娘のこととか、時間がある時に気が向いたら書きます。

父が末期がんになって、夫婦ですったもんだあった時の話

昨年のGWに入る少し前だったと思う。
ある日母親から「パパが腸閉塞で入院した」とメールがきた。

父は当時63歳。
確かにいい年だったけど、まだバリバリ仕事もしていたし、毎年受ける健康診断も一度も引っかかることは無かったらしい。
そんな父が突然入院。
母の話によると入院は一週間程度で、特に命にかかわるものではないらしい。
とりあえず、私は旦那と一緒にすぐ父のお見舞いに行った。

病院のベッドには元気そうな父の姿。
傍らに腰かけた母と談笑していた。

なんだ~元気そうじゃん!

一週間後父は無事退院し、ほっと胸を撫で下ろした。

 

のもつかの間。

GW明け、母からまた連絡があった。
今度はメールではなく、電話。
嫌な予感がした。

 
退院して、今まで通りの日常に戻った父だったが、また入院することになったのだという。
そして検査の結果、癌であることが発覚した。

嫌な予感は的中した。

 

まさか、そんな。

検査結果は、父本人と母と私で聞いた。
主治医の先生が父の腹部の画像を指さして色々説明していたが、私は頭が真っ白だった。
恐らく母も。
告知を受けている父が、一番冷静に先生の話を聞いていた。

病名は大腸癌。
しかも癌は肝臓に転移していた。

父は先生に尋ねた。

「先生、私の癌はステージ何ですか?」

私の記憶が曖昧なだけかもしれないが、先生は父からの質問にちゃんと答えることはなかったと思う。
代わりに先生はこう言った。

「このままこの病院で治療を続けますか?それとも癌治療を専門としている病院に転院しますか?」

それは、つまり、この病院では治せないという意味なんだろうと、私は解釈した。

 

私は、自分の両親に不妊治療のことを話していた。

話したとき二人がどんな反応だったか、正直覚えてない。

もしかしたらうちは子供が一生できないかもね~と、少し自棄になって話したから、言葉に出していなくても、二人はきっと悲しんだと思う。

父が癌だとわかり、更に転院した先の病院では「最善を尽くすが、いつまで生きられるかわからない」と宣告されてしまった。

 

私の焦りはピークに達した。

もしかしたらこの先良くなって長生きしてくれるかもしれない。
その希望は捨ててない。
だけどもしかしたらここ数年の間に父はいなくなってしまうかもしれない。
どうしよう。
私まだ、子供をうめてない。
父に私の子供を抱っこしてほしい!!

私は昔から父が大好きで、心から父を尊敬していた。
だからこそ、絶対父に自分の子供を抱いてほしかった。

でも、それは叶わないかもしれない。

人工授精は相変わらず上手くいかず、ビタミン剤で状態の改善を試みていた旦那のオタマジャクシも何ら変化はない。

不妊治療の為に病院に通い、仕事帰りに父のお見舞いへ。(しかも父の転院した先の病院はとても遠かった。)

精神的にも肉体的にも厳しい毎日が続いた。

 

5回目の人工授精が失敗に終わったとき、先生に体外受精について話を聞いた。
大体の相場は一回100万。
成功する確率良くて40%程度。
私の旦那のオタマジャクシの状態からすると、顕微授精というものになるかもしれないらしい。
「このクリニックでは行っていないけど、もしやるならいい病院を紹介するよ。」

ご主人とよく相談して、早い妊娠を望むなら試してみる価値はあると思う。

そう言われ、私は旦那に詰め寄った。

 

私は今すぐ子供が欲しい。
一年後、二年後じゃ遅い。
今妊娠できれば父に会わせてあげられるかもしれない。
人工授精じゃもう埒が明かない。
体外受精をしよう。
どれだけお金がかかっても、今より確率が上がるなら、私はそれに賭けたい。

 

旦那の答えは、NOだった。

体外受精だって妊娠する確率は100%じゃない。
きっと何度もやることになる。
お金には限りがある。
貯金を全部使い果たした時、俺が病気になったら?働けなくなったら?
体外受精をするならそれなりの準備と心構えをしなきゃならない。
今すぐには無理だ。

 

旦那の言い分は正しかった。

だけど、私は

「そうだね、やってみよう。」

って言ってほしかった。

 

子供が欲しくないのかと、泣きながら彼に問いかけた。
欲しいよ、と彼は答えた。

「でも俺は、今すぐ子供が欲しいっていう○○(私の名前)の希望は叶えてあげることができない。
もし、どうしても今すぐ子供が欲しいっていうんなら…例えば俺と別れて他の人と一緒になれば、それは叶うかもしれない…。」

 

旦那はどんな気持ちでその言葉を口にしたんだろう。

私はいつも自分のことでいっぱいいっぱいで、彼の事を知らず知らずのうちに追い詰めていたんだろうなとこの時自覚した。

子供がほしい気持ちは、旦那も同じなのだ。
私だけがつらいのではない。

 

そして6回目の人工授精が失敗した。

私はある決断をした。

「先生、父の病気の事もあるのでこの次で一旦お休みします。」

 

7回目の人工授精。
これを最後に、一度「子供」から離れよう。

断じて子供を諦めるわけではない。
けど、私たち夫婦はこのままこれを続けていたら良くない気がする。

そう思い私は先生にその旨を伝えた。
先生もそうだねと頷き、お父さんの事が落ち着いたらまた頑張ろうと言ってくれた。

 

そして7回目の人工授精。
最後と決めたその一回でまさかの奇跡が起こったあのである。

 

 

長くなったのでまた次回。